大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)138号 判決

原告

森多千子

原告

大谷梅

右両名訴訟代理人弁護士

野沢涓

被告

野口晴男

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告

被告は原告らに対し、別紙目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  被告

主文と同趣旨。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らは、昭和五五年四月一日、被告に対し、別紙目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)を次の条件で賃貸した。

(1) 使用目的 住宅所有。

(2) 賃貸期間 昭和五五年四月一日から昭和七四年三月末日まで。

(3) 特約 被告が他から強制執行を受け、あるいは被告に対して競売の申立があつたときは、原告らは被告に対し、本件賃貸借契約を解除することができる。

2  被告は、本件土地上に別紙目録(二)記載の建物(以下、本件建物という。)を所有している。

3  本件建物については、被告に対する債権者高木克子の競売申立に基づき、神戸地方裁判所は、昭和六一年二月六日、強制競売開始決定が行われ、目下、競売手続の進行中である(同庁昭和六一年(ヌ)第七号)。

4  原告らは、昭和六一年八月三一日、被告に対し同日付内容証明郵便をもつて、前記特約に基づき第1項の賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、その頃、右郵便は被告に到達した。

5  よつて、原告らは被告に対し右賃貸借契約の終了により本件建物を収去して本件土地の明渡を求める。

二  被告の答弁

1  認否

請求原因事実は認める。

なお、原告ら主張の競売事件について、競売手続が実施されたが競買(売却)に至らず、かつまた、被告はその申立代理人と右申立の取下の交渉中である。

2  主張

原告ら主張の特約は、借地法一一条により無効である。

三  原告らの反論

1  被告の主張は争う。

2  本件の競売手続は、原告らが担当の競売係へ本件契約解除の事実を上申したため、競売手続が中止されたものであつて、事件はなお係属中である。

第三  証拠〈証拠〉

理由

一本件請求原因事実は当事者間に争いがない。

二右事実によれば、本件賃貸借については借地法の適用があるというべきところ、原告ら主張の特約(被告に対し競売申立があつたときは、右契約は解除できるというもの。以下同じ。)は、同法一一条に抵触し無効であるというべきである。その理由は、以下のとおりである。

1 借地法は、建物の存在する土地の円滑な利用及びその経済的効用の維持発展のため、借地契約について、相当長期間の借地期間を定めると共に、正当な事由がなければ、賃貸人は契約の更新を拒絶できないものとし(同法二条、三条から八条参照)、特に借地人の責に帰すべき事由があれば格別(例えば、賃料の不払)、そうでない限り無暗に借地契約を終了させず、もつて、借地人の地位の安定を計り、これに反する借地人に不利な特約は無効である、と規定している(同法一一条参照)。

2 ところで、原告ら主張の本件特約は、借地人である被告が他から競売の申立を受けたことを理由として、賃貸人である原告らに契約の解除権を付与しようというものであるが、借地人が他から競売の申立を受けたということは、当該借地契約自体とは全く関係のないものであつて、右契約について借地人の責に帰すべき事由により発生した事情とは到底いいえないから、これをもつて賃貸人たる原告らに右解除権を付与することは、右借地法の各規定に反するものである。

すなわち、一般に、借地契約は、その締結により、借地人が当該借地を円滑かつ有効に利用し、その対価として賃料を支払い、もつて、賃貸人に対し信頼関係を維持しつつ等価的経済利益を享有させることを目的とするものであるが、借地人が他から競売申立を受けたということは、それが当該借地上の建物に関する場合であつても(本件は、将にこの場合に当たる)、これをもつて直ちに右信頼関係維持に反し、又は賃料不払と同視すべき事由とはなし難いし、前記目的に反した借地人の帰責的事由の発生であるということはできないから、右競売申立をもつて契約解除権発生の理由となすことは、前記の借地法各条に違反するものといわねばならない。

このことは、第三者に借地上の建物が競売された場合、第三者が借地権を取得することが賃貸人に不利になるおそれがないのに、賃貸人が第三者に対する借地権の譲渡を承諾しないときに、承諾に代る許可手続が存する(同法九条の三参照)ことからも明白であつて(なお、右に「賃貸人に不利」な事情というのは、賃貸人側の主観的事情ではなく、借地人の交代により賃貸人の賃料収入が不安定となる等客観的経済的事情を指称するものであることはいうまでもない)、借地法は、競売により借地人が交代しても借地関係が終了せず、なお継続していくことを当然の前提としているものというべきである。

いずれにしろ競売申立の一事をもつて解除権の発生を是認することは、借地人の地位を著しく不安定にし、一方的に不利益を被らせるものであつて、借地の経済的効用を甚だしく減退させ、借地法の立法趣旨に反するものである。

三すると、原告ら主張の本件特約は借地法一一条により無効であつて、右特約に基づく本件賃貸借契約の解除は、その効力を生じないから、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官砂山一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例